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東京地方裁判所 平成元年(ヨ)2274号 決定

債権者

武蔵康孝

正岡みね子

右両名代理人弁護士

保田行雄

土肥尚子

債務者

エクイタブル生命保険株式会社

右代表者代表取締役

ドナルド・ピー・ケイナック

右代理人弁護士

福井富男

米谷三以

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  債権者ら

1  債権者らが、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者らに対し、平成元年一一月一日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、いずれも金五一万九三〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  債務者

主文と同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債務者は、昭和六一年七月に日本国内及び諸外国において生命保険事業及び生命保険の再保険事業を行うことを目的に設立された。

債権者武蔵康孝(以下「債権者武蔵」という。)は、債務者の設立と同時に営業社員として入社し、昭和六三年二月池袋支社第二営業所長となった。

債権者正岡みね子(以下「債権者正岡」という。)は、債務者の設立と同時に営業社員として入社し、昭和六三年二月に池袋支社第一営業所長となった。

2(一)  債務者は、平成元年六月二二日、債権者らに対し、同年七月から所長代理に降格する旨を通告し、債権者らがいずれも承諾できないと答えたところ、債務者は、債権者武蔵については同年七月五日付で、債権者正岡については同月一日付でそれぞれ池袋支社長付に降格(以下「本件降格」という。)させる旨の発令を行った。

(二)  債務者は、本件降格の理由として、債権者らがそれぞれ所長である各営業所の営業成績が不振であることをあげているが、そのような事実はなく本件降格は就業規則に違反するとともに、人事権を濫用したものであって無効である。

債務者の給与規定一五条の六第二項本文には「規定の役職を解任された者に対しては懲戒の場合を除き、降給させることはない。」との規定があり、本件降格が降給にあたることは明らかである。そして、懲戒処分を行う場合につき、就業規則四〇条において「会社は、従業員のうち法令、就業規則その他会社の定める遵守規定等に違反した者、会社に著しい損害を及ぼした者、又は会社の名誉もしくは信用を著しく傷つけた者に対し、本章に定める懲戒処分を行うことがある。」と規定されており、それ以外の場合は懲戒処分を行えないものであるが、債権者らが就業規則に定められた懲戒事由に該当しないことは明らかであり、本件降格は、給与規定一五条の六第二項に違反するものとして無効である。

また本件降格が債務者の人事権の行使として行われたものであっても、人事権を濫用するものとして無効である。すなわち、債務者は本件降格の理由として、AGENCY・MANAGERS・PERFORMANCE88と題する営業所長の業績評価基準(以下「本件業績表」という。)による評価によれば、債権者らが所長であった各営業所の営業成績が不振であることをあげているが、本件業績表による評価は公正なものとはいえない。すなわち、本件業績表の各評価項目はそのほとんどが全く新しく設定されたもので、極めて機械的で恣意的な項目が多く、従来の評価基準とも矛盾し営業所長の身分を左右する基準としては妥当ではない。さらに、債務者は設立後間がなくいまだ経営が充分安定しているとはいえずとりわけ営業所間の発足の経緯や人的構成が異なっているのであるから、各営業所の成績の評価にあたっては営業所の条件を考慮に入れて他との比較をしなければならず、ただ機械的に数字のみで比較することはできないにもかかわらず、債務者は各営業所の発足の経過、条件を無視して本件業績表の数字の比較から営業所長としての業績の評価を行っているのであるから公正な評価といえないことは明らかである。したがって債権者らが営業所長であった各営業所の営業成績が著しく悪いということはなく、本件降格の合理的な理由はなく、本件降格は人事権を濫用するものとして無効である。

3  債権者らは本件降格に異議をとどめて池袋支社長付として就労したが、債務者は、平成元年一〇月二七日に債権者らを同月三一日付で懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)を行い、債権者らと債務者との間の雇用契約の存在を争っている。

4  債権者武蔵の池袋支社第二営業所長当時及び債権者正岡の池袋支社第一営業所長当時の賃金月額はいずれも五一万九三〇〇〇円であり、毎月二五日に支払われていた。

5  債権者武蔵は単身者であるが、年老いた両親に対して毎月一〇万円の仕送りをしており、現在の住居の家賃は一二万八二三五円であり、ローンの支払もあって月五一万九三〇〇〇(ママ)円の給与で生活費がやっとまかなえる状態であった。

債権者正岡は、夫と高校生、中学生の子供二人の四人家族である。夫は会社員であるが、債権者正岡はこれまでも夫婦共働きで生活してきており同人の収入も含めたうえで生活設計をしてきており、平成元年五月には資金を借り入れて自宅を新築しその返済で毎月三一万五二四五円(ボーナス月は四五万九二〇九円)を支払っており、同人の収入がなければ毎月のローンの支払にも困り、生活が破綻することは明らかである。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の事実は認める。

2(一)  申請の理由2(一)の事実は認める。

(二)  申請の理由2(二)の事実は否認する。

(三)  本件降格についての債務者の主張

(1) 営業所長の職責

債務者の機構は、本社と丸の内、新宿、渋谷、横浜、池袋の五支社からなり各支社にはそれぞれ四ないし六の営業所が置かれており、各営業所にはそれぞれ一〇名前後の営業社員が所属している。

営業所長は営業所を統括する者であり、その職責は部下であって生命保険の勧誘及び販売を行う営業社員を指導、教育、監督し営業成績を向上させること、優秀な人材を採用し営業所の規模を拡大すること、既契約を保全しその継続を図ること等により営業所全体の営業成績を向上させることである。このうち、部下の指導、教育、監督については、営業社員との個別面談、日々の活動記録のチェック、営業活動に同行しての指導(同行指導)等を行い、個々の営業社員が行っている営業活動の様子及び方法、現在の顧客及び売込先との関係、契約をとれる見込並びに潜在的な売込先としての人的関係等を具体的に把握すること、部下の営業活動の目標、計画等について内容を具体的に指示するなどして立案させ、また営業所において営業活動の模擬的実習をしまたは同行指導において実際に営業活動をやって見せることによって一人一人に販売技術を習得させるよう指導し、また実際の売込にあたり随時助言、援助を行い契約をとらせることなどが、営業所長に期待されている。

(2) 債権者らの営業所長としての勤務成績

本件業績表によれば、債権者らが営業所長であった各営業所の昭和六三年度の営業成績は、極めて低い。債権者らの統括する各営業所の営業社員(一一名から一四名)のうち標準以上の営業成績をあげているのは一名だけであって、二八の営業所の平均(一〇・二名中三名強)を大きく下回っている。営業社員一人当たりの新規契約高について、飛び抜けて優秀な成績をあげている営業社員の影響を除くために各営業所の第一位の営業社員を除いて比較すると、債権者武蔵の営業所は下から第五位債権者正岡の営業所は下から第二位である。営業所全体の営業成績を表す保険料収入の総額は、債権者武蔵の営業所は平均を大きく下回り下から第三位であり、債権者正岡の営業所については全営業社員中トップレベルの営業社員が一人いるため平均をそれほど下回っていないが、この営業社員は債権者正岡の教育、指導の結果業績が向上したわけではなく同人はかえってその指導、監督を放棄していた実情にあった。以上の本件業績表に基づく客観的な数字によれば、債権者らの営業所長としての成績は、全営業所長中最下位またはこれに近いものであったと評価される。このような客観的な数字による評価だけではなく、債務者においては本件降格に先立つ六か月の期間だけでも昭和六三年一一月、平成元年二月及び同年五月の三回にわたって社長、副社長、営業副本部長等が直接個別に各営業所長と長時間にわたって面談し、営業所の経営内容すなわち営業所長の業績について注意を喚起するとともに営業所長の部下に対する指導、管理能力の評価を行ったが、これによっても債権者らの営業所長としての能力は劣ると判断された。

(3) 以上のような総合的な検討の結果債務者は債権者らが営業所長としては不適任であると判断したので、平成一年六月二二日、債権者らに対し営業所長から他の営業所の所長代理に異動して再出発をするように説得した。その際提示した待遇は、異動にあたっては営業所長として支給されていた職務手当月額四万円を減額するにとどめ、半年後にはさらに管理職手当月額六万円を減ずるというものであり、さらにこの間に営業成績が著しく向上した場合には再度営業所長に帰り咲く可能性もあることを告知した。しかし、債権者らは右異動案を拒否したため、債務者は受け入れる営業所側の不都合を考慮し待遇は右の所長代理の場合と同一としたまま債権者らを池袋支社長付営業社員というポストにあてることとし、債権者武蔵については平成一年七月五日付で、債権者正岡については同月一日付でその旨を発令した。

(4) したがって、本件降格は正当な人事権の行使であり有効であることは明らかである。

(5) また、債権者らは、本件降格は給与規定一五条の六第二項に反し無効であると主張するが、給与規定は事務系職掌の管理・専門職、一般事務職及び営業系職掌の管理職・営業事務職に適用されるものであり(給与規定二条)、給与体系の異なる営業職には適用されないから、本件降格が給与規定一五条の六第二項に反するということはない。

3  申請の理由3の事実のうち、債権者らが本件降格に異議をとどめて池袋支社長付として就労したことは否認し、その余は認める。

4  申請の理由4の事実は認める。

5  申請の理由5の事実は否認する。

三  抗弁

1  債務者は、債権者らに対し、平成元年一〇月二七日に本件解雇の意思表示を行った。

2  本件解雇の理由は、次のとおりである。

(一) 営業社員は、毎日の行動計画及び結果を記載した活動記録を毎日所属長に提出して検印を受け、さらに毎月これを所属長に提出することになっているにもかかわらず、債権者らは平成元年七月以降一度も活動記録をその所属長である支社長に提出しなかった。

(二) 自宅から直接得意先へ回る直行及び得意先から自宅へ直接帰る直帰については事前に勤務報告書に記入して直接所属長に提出し、その許可を得なければならないにもかかわらず、債権者らは平成元年七月以降ほぼ全日にわたって直行、直帰を繰り返していたにもかかわらず、勤務報告書に記入して許可を受けることをしなかった。また、遅刻した場合も直ちに勤務報告書に記入して所属長の許可を得なければならないのに、債権者らは平成元年七月以降ほぼ全日にわたって遅刻を繰り返していたにもかかわらず、その手続をとらなかった。

(三) 債権者らは、本件降格後の平成元年七月から同年一〇月まで一件も新規の生命保険契約をとっておらず、営業活動を一切行わなかった。

(四) 債務者の就業規則四一条別表は懲戒解雇事由を規定しており、債権者らの右(一)から(三)の行為は、いずれも同表の業務命令違反(正当な理由なく会社又は上司の命令に従わなかった場合)に該当する。

3  債務者は、債権者らに対して、三〇日前の予告に不足する分として二六日分の平均賃金をそれぞれ支払った。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2(一)  抗弁2(一)の事実は否認する。営業社員について定型用紙としての活動記録が作られてはいるが、各営業所でのその利用形態はまちまちであり活動記録の外に営業所独自に記録用紙を作り指導しているところも少なくなく活動記録を毎日提出し検印している営業所はほとんどない。また、債権者らについて本件降格以後活動記録の用紙は渡されていないし、それを書くようにとの指示もなかった。ところが、平成元年九月二二日に債権者らは池袋支社長から活動記録を書くようにと初めて話をされ、同月二五日には債権者らの机の上に活動記録だけが置かれていたが、それをどのように書いて検印を受けるのかについての指示は全くなかった。

(二)  抗弁2(二)の事実は否認する。直行、直帰のやり方は各営業所で様々であり厳格に行われていないのが実態であって、直行、直帰について勤務報告書に事前に記入し所属長の許可を受けるというやり方をとっている営業所はほとんどない。また、債権者らが平成元年七月以降全日にわたって直行、直帰及び遅刻を繰り返していたとの点は全くの虚偽である。

(三)  抗弁2(三)の事実のうち債権者らが本件降格後平成元年一〇月まで生命保険契約の締結に至っていないことは認め、その余は否認する。債権者らはかっての顧客などに対して営業社員への降格の屈辱に耐えてあいさつまわりをするなど独自に営業活動を行ってきていたのであり、契約締結に至っていないのは所長就任と同時に一切の顧客を他にゆずっていて新規の顧客の開拓は極めて困難だからである。

(四)  抗弁2(四)の事実は否認する。

3  抗弁3の事実は否認する。

4  本件解雇に至る経過についての債権者らの主張

債権者らが池袋支社長付の発令を受けたときには職務の内容についての説明指示は全くなく、平成元年七月末に池袋支社で配付された内線番号の記載がある座席図には債権者らの名前はなく、いわば所定の座席すら与えず職場のさらし者にしたのである。また債権者らに営業活動を求めるのであれば、毎日の仕事の体制について説明をし、本社から毎日のように発行される業務上の書類、資料を渡し、研修会案内などの必要な情報を毎日の朝礼などで伝えることが必要であるが、池袋支社長は一度もこのようなことを行わなかった。そして、債権者らは、毎月の変額保険の運用実績や他社との比較分析、キャンペーンの表彰基準など営業活動に必要な情報を一切知らされず、平成元年七月以後に発売された新商品すら知らなかったし、社長が池袋支社に来てミィーティングがもたれたが債権者らにはその案内すらなかった。このように債務者は債権者らに仕事を与えず、支社内のさらし者にすることで退職を迫ったのである。

理由

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、債権者武蔵は昭和六一年七月の債務者の設立と同時に営業社員として入社し昭和六三年二月に池袋支社第二営業所長となったこと、債権者正岡は債務者の設立と同時に営業社員として入社し昭和六三年二月に池袋支社第一営業所長となったこと、池袋支社の第一から第四までの各営業所は昭和六三年三月から営業を開始したこと、債務者は平成元年六月二二日に債権者らに対し同年七月から所長代理に降格する旨を通告したが債権者らはいずれも承諾できないと答えたこと、これに対して債務者は債権者武蔵については同年七月五日付で、債権者正岡については同月一日付で本件降格を行ったこと、その後債務者は平成元年一〇月二七日に本件解雇を行ったことが一応認められる。

二  そこで、まず本件降格の効力について検討する。

1  疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者の機構は本社と丸の内、新宿、渋谷、横浜、池袋の五支社からなり各支社にはそれぞれ四ないし六の営業所(全部で二八営業所)が置かれていること、各営業所には営業所長と一〇名前後の営業社員が配置されていること、債務者は本件業績表の各項目の成績及び昭和六三年一一月、平成一年二月及び同年五月の三回にわたる社長、副社長、営業副本部長らによる各営業所長との個別面談によって営業所長の能力評価を行いその結果能力が劣ると評価された債権者らと渋谷第二営業所長、横浜第一営業所長の四人の営業所長に対し、平成元年六月下旬に同年七月から所長代理に降格する旨を通告したこと、債権者らは債務者の通告について承諾できないと答えたために債務者は承諾を得られないまま債権者らを所長代理とした場合の受入れ営業所側の不都合を考慮して池袋支社長付営業社員への降格(本件降格)を行ったこと、営業所長について能力評価を行い営業所長からの降格を求めたのは債務者の設立以来初めてであったこと、本件業績表は修正年額保険料(昭和六三年四月から平成一年三月までのもの)、NET・INCREASE、営業社員延人数、営業社員一人当たりの修正年額保険料、営業成績第一位の営業社員を除いた営業社員一人当たりの修正年額保険料、13TH・MONTH・PERSISTENCY、採用営業社員数、退職営業社員数、営業社員数、営業社員ランクの各項目からなっていること、修正年額保険料についてみると渋谷第二営業所長が最下位、横浜第一営業所長が下から第二位、債権者武蔵が下から第三位、債権者正岡が下から第一三位であること、営業成績第一位の営業社員を除いた営業社員一人当たりの修正年額保険料は横浜第一営業所長が下から第一位、債権者正岡が下から第二位、債権者武蔵が第五位、渋谷第二営業所長が第七位であること、退職営業社員数は平均が三・九人であるのに対して債権者武蔵が七人、債権者正岡が六人、渋谷第二営業所長及び横浜第一営業所長が五人であること、営業社員ランクについてみると標準以上の成績をあげているAランクとBランクの営業社員の合計数が平均では三・四人であるが渋谷第二営業所長及び横浜第一営業所長が0人、債権者武蔵及び同正岡が一人であること、以上の本件業績表の数字によれば債権者らが営業所長をしていた各営業所、渋谷第二営業所及び横浜第一営業所は退職する営業社員の数が平均に比べて多く、営業社員一人当たりの修正年額保険料が平均より少なく在籍している営業社員について営業所長の指導の効果が出ているとはいえないこと、債務者においては昭和六三年一一月、平成元年二月及び同年五月の三回にわたって社長、副社長、営業副本部長が個別に各営業所長と面談し営業所の経営内容について注意を喚起するとともに営業所長の部下に対する指導、管理能力の評価を行ったこと、昭和六三年一一月の面談では債権者武蔵についてこのままでは営業所の維持があぶないとの評価がなされていること、債務者の業務部には各支社長から各営業所長の業務遂行状況についての報告が随時なされており、債権者正岡については営業社員が行動計画をたてるについて十分な協議アドバイスを行っていないとの、債権者武蔵についてはいわゆる飛び込みを多くするようにとの指示をするばかりで各営業社員の特性にあった指導をしていないとの報告がなされていたことが一応認められる。

2  役職者の任免は、使用者の人事権に属する事項であって使用者の自由裁量にゆだねられており裁量の範囲を逸脱することがない限りその効力が否定されることはないと解するのが相当である。これを本件についてみると、債務者は本件業績表の各項目の成績によって各営業所長の能力評価を行い、これに社長等の各営業所長との面談の結果や各支社長からの各営業所長の業務遂行状況についての報告を加味して総合的に営業所長としての適性を判断した結果債権者らを含む四名の営業所長について能力が劣ると判断して所長代理に降格する旨を通告し、債権者らの承諾を得られないまま債権者らを所長代理とした場合の受入れ営業所側の不都合を考慮して本件降格を行ったことは前記認定のとおりであり、これによれば本件降格について債務者がその裁量権を逸脱したものとは認められないものといわなければならない。これに対して、債権者らは、本件業績表は従来の評価基準と矛盾するばかりでなく、営業所長の評価を行う場合には各営業所の条件を考慮に入れて比較をしなければならないにもかかわらず債務者は本件業績表によって機械的に営業所長の評価を行っており、本件業績表による評価は公正なものとはいえないと主張する。しかし、疎明資料によれば本件業績表が従来債務者から営業所長の業績評価法(案)として公表されていたものと異なるものであることは一応認められるが、これと矛盾するものとは認められず、さらに役職者についてどのような評価基準でその成績評価を行うかは使用者の裁量に委ねられているものと解されるから、本件業績表の評価項目自体が著しく不合理であると認められる事情がない以上本件業績表による評価が不公正なものであるとはいえないところ、本件業績表の評価項目自体が著しく不合理であることについての疎明はない。また、債権者らの各営業所は昭和六三年三月から営業を開始したものであるが、疎明資料によれば、同じ時期に営業を開始した池袋第三及び第四の各営業所長については本件業績表による評価が低いものではないことが一応認められ、本件業績表による評価にあたって営業の開始時期を考慮しないことが債権者らにとって特に不利益になるものとは解されず、本件降格に際しての各営業所長の能力評価が本件業績表によって機械的に行われたものではないことは前記認定のとおりであり、債権者らの主張を考慮しても本件降格が使用者の有する裁量権を逸脱してなされたものとは認められない。

3  債権者らは、本件降格は給与規定一五条の六第二項に違反すると主張し、疎明資料によれば、債務者の就業規則第二条には「この規則において従業員とは第三条に定める者を除き、会社の雇用するすべての者をいう。即ち、管理職、事務職、専門職及び営業社員をいう。」との、第二九条には「従業員の給与に関しては、給与規定および営業社員給与規定の定めるところによる。」との、債務者の給与規定第二条には「この規程の適用の範囲は従業員のうち、事務系職掌の管理・専門職、一般事務職および営業系職掌の管理職・営業事務職とする。」との、第一五条の六第二項には「規定の役職を解任された者に対しては懲戒の場合を除き、降級させることはない。ただし、職務給・営業管理職手当は支給しない。」との規定があることが一応認められる。このように債務者の給与体系は営業社員とその他の従業員とを明確に区別したものとなっているのであるから、給与規定第一五条の六第二項が適用になるのは給与規定第二条に規定されている職種相互間の異動の場合であり、営業管理職から給与体系の異なる営業社員への異動の場合には適用されないものと解するのが相当である。本件降格は営業管理職から営業社員への異動であるから、給与規定一五条の六第二項は適用されず、本件降格が同条項に違反するということはない。また、疎明資料によれば、債務者の就業規則には懲戒処分の一種類として降格処分が規定されていることが一応認められるが、懲戒処分としての降格処分が定められているからといって、使用者の人事権に基づく降格処分の行使ができなくなるものと解するのは相当ではない。したがって、本件降格が債務者の就業規則及び給与規定に違反するものとはいえない。

4  以上によれば、本件降格に違法な点はなく有効なものであると解される。

三  次に、本件解雇の効力について判断する。

1  まず、債務者が懲戒解雇事由として主張する事由の存否について検討する。

(一)  疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者は本件降格にあたり債権者らに対して本件降格後の職務は営業社員として営業活動にあたることであるとの説明を行っていること、債務者は本件降格後の債権者らの職務等について確認のために平成元年八月三日付の通知と題する書面を債権者らの自宅に送付したが、その書面には債権者らの職務として「支社長の指示、監督のもと、他の営業社員の手本となるべく営業活動に当ること」と記載されていることが一応認められる。これに対して、債権者らは本件降格にあたりその後の職務内容についての説明指示は全くなかったと主張し、これに沿う債権者らの陳述書の記載部分があるが、他の疎明資料に照らして信用できず、また少なくとも右通知と題する書面を送付された平成元年八月以降はその職務内容について完全に理解したものと解される。

(二)  疎明資料によれば、営業社員は毎日の行動計画及び結果を記載した活動記録を毎日所属長に提出して検印を受け、さらに毎月所属長に提出することになっているにもかかわらず、債権者らは本件降格以後活動記録を一度もその所属長である支社長に提出していないことが一応認められる。債権者らは、活動記録を毎日提出し検印している営業所はほとんどないと主張し、これに沿う債権者らの陳述書の記載部分があるが、債権者武蔵が池袋第二営業所長であったころの部下である営業社員の活動記録(平成元年六月分)には「日報(審尋の結果によれば活動記録のことであると一応認められる。)は毎日提出して下さい。」との債権者武蔵自身の書き込みがあることが一応認められることに照らして、この点に関する債権者らの陳述書の記載部分は信用できない。また、債権者らは本件降格以後活動記録の用紙を渡されていないしそれを書くようにとの指示もなかったと主張するが、債権者らは本件降格後の職務が営業社員として営業活動をすることであるとの説明を受けているのであるから、活動記録を渡されずそれを書くようにとの指示を受けていなかったとしても、営業社員として活動記録を所属長に提出する義務があることを認識していたにもかかわらずこれを怠ったものと一応認められる。

(三)  疎明資料によれば、直行、直帰の場合には事前に勤務報告書に記入して所属長に提出しその許可を得なければならないにもかかわらず、債権者らは本件降格以後直行、直帰をする場合にもそのような手続きをとっていなかったことが一応認められる。なお、債務者は債権者らは本件降格以後毎日のように直行、直帰及び遅刻を繰り返していたと主張しこれに沿う池袋支社長の陳述書の記載部分があるが、毎日のように直行、直帰及び遅刻を繰り返していたとすれば、これを確認する書面あるいはこれを警告する書面が債務者によって作成されているのが自然であるがそのような書面は存在せず、債権者らが毎日のように直行、直帰及び遅刻を繰り返していたとまでは認められない。

(四)  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、債権者らは本件降格から本件解雇までの三か月半以上の間に新規の生命保険契約を一件もとっておらず、営業活動をほとんど行わなかったことが一応認められる。これに対して、債権者らはかっての顧客などに対してあいさつまわりをするなど独自に営業活動をおこなってきていたのであり、契約締結に至っていないのは営業所長就任と同時に一切の顧客を他にゆずっていて新規の顧客の開拓は極めて困難だからであると主張するが、疎明資料によれば平成元年四月から六月までの債務者の新入の営業社員二七名のうち一か月以内に新規の生命保険契約を獲得したものが二三名であること、債権者らは営業社員当時は平均以上の成績をあげていたことが一応認められ、これによれば三か月半以上の間に債権者らが契約を一件もとっていないということは、債権者らは本件降格を不服として営業活動をほとんど行っていなかったものと一応推認できる。

2  そこで、債権者らの前記(二)から(四)までの行為が懲戒解雇事由に該当するか否かについて判断するに、債務者の就業規則四一条には従業員が別表に定める事由の一に該当すると認めた場合はその行為に対して懲戒解雇を行う旨が規定され、別表の定める事由の一として業務命令違反(正当な理由なく、会社又は上司の命令に従わなかった場合)があげられていることが一応認められ、債権者らの前記(二)から(四)までの行為、ことに前記(四)の三か月半以上にわたって営業活動をほとんど行っていなかったことは懲戒解雇事由の業務命令違反にあたると解するのが相当である。

3  債権者らは、債務者は債権者らに仕事を与えず池袋支社内のさらし者にすることで退職を迫ったと主張するが、疎明資料によれば債務者が債権者らに仕事を与えなかったり、池袋支社内のさらし者にした事実はいずれも認められず、債権者らは他に本件解雇が解雇権の濫用にあたることを窺わせる事由についての主張、疎明を行っておらず、本件解雇は有効であるというべきである。

三  以上によれば、本件申請は被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることは相当ではないから、本件申請を失当として却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山本剛史)

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